スペシャルインタビュー

Akiba AR Experience Tour 開発事例

2020年以降、世界的なコロナ禍の拡大により、インバウンドツアーの需要が急速に縮小する中、秋葉原への来訪を心待ちにしている国内外のアキバファンに向けた新たな試みとして、一つのプロジェクトが結実しました。ARによる周辺のスポット情報や簡易ルート案内を提供する秋葉原オンライン用ツアーアプリ「Akiba AR Experience Tour」―。ARコンテンツを組み込んだオンラインツアーのアイデアを企画・催行したAkiba.TV株式会社の吉岡有一郎氏と杉森浩一氏に、プロジェクトの着想経緯や背景などについてお話を伺いました。

Akiba.TV株式会社
代表取締役 /総務部長 

吉岡 有一郎氏/杉森 浩一氏

[Akiba AR Experience Tourとは]
秋葉原オンラインツアー用のARアプリ。「AR(Augmented Reality:拡張現実)」による周辺のスポット情報に加え、カメラに収まらない場所までの簡易ルート案内も搭載したディープな秋葉原ガイド。アップフロンティアが手がけた現地型ARに特化した開発サポートツール「CFA(シーファ)」初の活用事例。
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[Akiba.TVとは]
秋葉原オノデン1Fの公開型YouTubeスタジオ「Akiba.TV STUDIO」を配信拠点に、ゲーム、マンガ、アニメ、アイドルといったアキバ系サブカルチャー等の情報を、毎日YouTubeで生配信する一方、インバウンド向けガイドツアー「Akiba Deep Travel」を企画・催行するなど、“Akiba”の魅力を世界に向けて発信している。

取材/2022年4月

秋葉原の街に、魅せられて

― 今回のプロジェクトに至る経緯と背景をお聞かせください。

吉岡:Akiba.TVというサイトを立ち上げたのは2002年からですが、もともとは、新卒で入社したゲーム会社でゲーム以外の新規ビジネスの立ち上げに携わっていた際、秋葉原の街に興味を持ったのがきっかけです。2001年当時はまだインターネット黎明期で、今のように24時間ネットにつながった状態ではありませんでしたが、いずれ音楽や映像が当たり前に流れる時代が来ると考え、そこで展開できる事業として「秋葉原」という街をメディア化するアイデアを思いつきました。当時の秋葉原は家電からパソコンの街へと変貌している過程でしたが、さらに(今では当たり前ですがアニメ・ゲーム・メイドのような)新しいものが生まれてくる兆しが見え始めてきた時期で、今後インターネットを使った「秋葉原専門のテレビ局」があれば、自分も見てみたいと思い、会社のトップに事業化を直訴したのです。

吉岡:しかし、「なんでマイナーな街をビジネスにする必要があるんだ」と一蹴され、「なら、月―金はちゃんと働きますが、土日は勝手にビデオカメラを担いで秋葉原を取材します」と宣言。大学時代、ラジオサークルで一緒に地域のコミュニティFMの番組づくりをしていた杉森に声をかけ、彼にカメラを回してもらいながら秋葉原の取材を始めました。
その後、会社の合併で所属していた新規事業開発室がなくなり、ゲームの販売担当になったタイミングで退社。杉森と今の会社を立ち上げ、ネットのコンサルティングやイベントの開催、サイト制作などを手がけながら活動を続けました。

秋葉原の変遷とともに

吉岡:2020年に、今のスタジオ(秋葉原オノデン 1F『Akiba.TV STUDIO』)が借りられることになり、毎日生配信できる環境が整いましたが、それまでは近隣の貸しスタジオを転々としながら、動画共有サービス「U-STREAM」やライブ配信コミュニティサービス「Stickam(スティッカム)」を使って放送していました。

杉森:秋葉原がパソコンの街からサブカルチャーの中心地に変わりつつある時期で、ちょうど“メイドカフェ”という言葉が出始めた2002〜2003年くらいです。直後に“萌えブーム”が来て、メイドカフェがメインストリームになる中、サブカルのコンテンツが流入したことで秋葉原はハードからソフトの街へ変貌します。

吉岡:その頃、ちょうど新しいドメインである「.tv」が売り出されたのを知り、自分の考えていたネットテレビ局の名前に「Akiba.TV」というのがふさわしいと思って、すぐにドメインを押さえました。その一方、以前から秋葉原を歩いていると、海外観光客に「これを買いたい。どこに売っている?」と尋ねられることが多かったのですが、東京オリンピックの開催が決まり、このままだと秋葉原は大変なことになると思い、その受け皿として始めたのが秋葉原のツアー「Akiba Deep Travel」です。

杉森:旅行商材の企画・販売をするには「旅行取扱管理者」の常駐が条件になるため、私が資格を取得しました。コロナ禍以前はメイドさん役のガイドと通訳が付いてディープな秋葉原を案内する海外旅行者向けのツアーを企画し、大手旅行代理店のオプショナルツアーとして実施していました。ちょうど爆買いブームの頃でしたが、私たちのツアーは欧米圏、特にオーストラリアからの観光客が多く、主要スポットを回りながら“これを買いたい”というコアなニーズに応える自由度の高いツアーにしました。しかし、コロナ禍でできなくなり、対応策としてオンラインツアーを思い立ったのですが、終息後に観光客が戻ってきた時のことを想定すると、利用者が自分で買いたいものを調べ、店舗情報やルートが表示されるアプリの方がニーズは高いと考えました。それまでの活動で徐々に街のつながりが増え、ツアーの知見も蓄積していたのでそれをアプリ化し、スマホ上で展開できないかと考えたのです。

吉岡:とはいえ、自分たちだけでアプリ開発は無理なので、協力者を探していたところアップフロンティアさんと出会ったのです。

アップフロンティア(以下、UPFT):2021年7月の「VR EXPO 2021 TOKYO」の出展でお会いしたのが初めてでしたね。

吉岡:数社に声をかけましたが、アップフロンティアさんのサンプルがまさにこれ!というものでした。

UPFT:自社開発のARツール「CFA」で制作した表参道ガイドですね。

吉岡:このアキバ版がほしい!と(笑)。「Akiba AR Experience Tour」は、これまでの活動の集大成という意味合いが強く、私たちの思い入れや妄想をカタチにしてくれる最高のパートナーに出会えたという感じでした(笑)。

アキバの魅力を、ARで表現

― プロジェクトの打診を受けて、どのような印象だったのでしょう?

UPFT:まず、“秋葉原”というキャラの立った街をARコンテンツ化できるワクワク感、そして、“ツアーの中核にARコンテンツを据える”という企画趣旨の素晴らしさに魅力を感じました。街をARコンテンツ化する事例は増えていて、これまで渋谷や新宿はありましたが、次はやはり秋葉原だろうと。可愛いキャラクターが賑やかに踊るような未来的かつ電子的なイメージが似合うアキバの街をARにする楽しさがあり、我々にとっては最高のプロジェクトでした。秋葉原は煌びやかな看板や広告が多く、そのままコンテンツとして成立します。その実風景を活かしつつ、そこにARコンテンツを重ねるのに、どういう表示が最適か、色味はどうするか、そこに苦労しました。店舗だけでも30~40個の表示があり、その見やすさも含めてデザイナーは随分悩みました。看板や街路樹、行き交う人や車などの実像に、AR表示を違和感なく溶け込ませるのに、PC画面だけでは限界があるため、現地でロケハンを繰り返しながら何度もチューニングしました。特に案内ルートについては、表示位置に正確性が求められるため位置合わせの調整が必要になります。加えて、歩きスマホはNGなので、実利用で一定以上の距離を歩いた場合はAR表示を消して立ち止まっての利用を促すなど、UXも工夫しています。

吉岡:もともとの雑多な雰囲気にさらに多様なものが積層されることで、それがアキバっぽさとなって、とてもいい感じに仕上がっています。3Dキャラクターがぐるぐる回る、まさにテーマパークのような楽しい世界が現実空間に広がり、SF映画の世界みたいです。

UPFT:通常のスマホアプリとは異なる開発フローだったので、完成版を現場で体験した時はワクワクしました(笑)。予算的に限られた中でいかに魅力的なコンテンツにするかという部分でも、自社開発のARツールを利用し、そのメリットを活かすことでスピーディーに開発しつつ、コストを抑え品質も担保できたことは大きかったと思います。

吉岡:私がどんなボールを投げても、しっかり受け止めて、きちんと交通整理してもらえたのは大変助かりました(笑)。そういうキャッチボールの中から新しいアイデアや発見が見えてくる場合もあるので、プロジェクトを通じてコミュニケーションの重要性を実感しました。

次のステージへ

吉岡:今、「トゥクトゥク」という電動3輪バイクを使った新しい秋葉原ツアーを考えていまして、2名まで乗れる後部座席でお客様に「ARグラス」を着けていただき、今回のようなARアプリを車に乗りながら楽しめるツアーを実現したいです。これだと「歩きスマホ」にはならないので、安全安心を担保しながらこれまでにないディープな秋葉原ガイドができるようになります。浅草の人力車みたいに“アキバの電動トゥクトゥク”が広まると面白い。普通免許があれば運転できるし、駐車場で充電しておけばいつでも稼働できるので、レンタルも可能です。

杉森:秋葉原は移り変わりの激しい街なので、今後は情報をアップデートできる仕様にしていきたい。今まさに店舗で開催していることがリアルタイムの情報として見られると便利です。秋葉原には多様なジャンルが溢れ、それぞれの好みに応じた案内が求められます。将来的には、ARで見た時にゲーム好きにはゲーム情報だけが表示されるようなテーマの切り替えができるとパーソナルな観光案内ツールとしてさらに魅力的になります。

UPFT:今回、AR開発の課題が発見でき、機能面でもコロナ後の観光対応を見据え、多言語化の機能をビルトインし、コンテンツダウンロード機能も実装するなど、「CFA」をさらに使いやすくブラッシュアップできました。今後、改善を重ねていくつもりですが、より魅力的なARコンテンツにしていくには顧客のリピーター化に向けた施策や工夫が必要になります。例えば、スタンプラリーや謎解きといった街歩きをしながら楽しめる機能や季節性のあるコンテンツの配信機能なども有効でしょう。

吉岡:例えば、昔、こんな店がありましたというアーカイブ機能も持たせて、この街の歴史的な変遷をARで見ることができたら面白い。実際にアキバに来て、ARを使って楽しんでもらうようなアイデア、仕掛けをどんどん工夫していきたいですね。

杉森:オンラインツアーだけで完結してほしくないし、バーチャルとリアルを結ぶものとしてこのアプリをきっかけに実際に足を運び、リアルな街を楽しんでほしいと思います。

吉岡:秋葉原は、本当に奥深い街です。20年以上関わっていても、“ここに、こんな店があったんだ!”という発見がいまだにある。海外の人なら、なおさらでしょう。でも、ものすごく期待して来たのに「欲しいものがみつからない」「どこへ行けばいいのかわからない」しかも2時間くらいしか滞在できないとなると、結局、「つまらない街じゃないか」と、テンションが一気に下がってしまう。期待値が大きいだけに失望の度合いも大きくて、実際にアンケートを取ると『東京の行ってみたい街ランキング』では上位なのに、『再訪したいか』となると下位になってしまっているんです。つまり、いい思いをしていないんです。そこを解消できたら、深みにはまる人が増えていくはずです。加えて、自分の好きなジャンルだけではなく、横道に逸れることで新しい発見をする。そういう選択の幅を広げる体験機会も提供したいと思います。アイデアだけはたくさんあるので、それをアップフロンティアさんにぶつけて具現化していくようなパートナーとして一緒に活動できればと思っています。

どうも、ありがとうございました。